今朝の日経のようろうたけしさんの記事はいいことが書いてありましたですな。
サラリーマンが田舎にいって田舎暮らしをする時間や仕組みは現実的に困難が多すぎるとはいえ、
ガラッと視点や環境を変えてみるということの価値が書かれていたように思います。
昨日、昨夏まで大学生活の大半を捧げた場所へいき、
やっぱりここが自分の大学時代前半の核であるし、
1年前のように、「やっぱコーチがすべてだ」的な絶対的なモノがなくなって、
今では自分の中で位置づけが異なってきているのだけど、
現時点では、今後の自分の核の1つとなる経験なのだろうという気がしました。
旅とはあまりに対照的で、
団体プレーと個人プレーだし、
1つのことに打ち込むことと、常に動いて変わり続けていくことだし、
狭く深くと、広く浅くだし、
自分を捨てることと、自分を前面に出せること、とか、
まあ、すごい対照的だな、と自分の中では位置付けています。
そうそう。
話は変わって、視点を変えるとか、そういう意味では、
こんなのもめちゃくちゃおもしろい。
→特にこのページの下二人。飯塚さんと茂木さん
というのもあるし、たとえば、
一日同じことを一個だけやり続けるのもおもしろく、難しく、困難でもありますね。
昨年だか、座禅みにいったときは難しくてびっくりでした。
座禅やってるときは座禅だけしかできなくて、ちょっとふと気を抜くとか違うこと考えると、座禅にならなくなっていて、おなじみの竹刀でベシッとやられるわけです。
世の中的には、
1つのことを没頭し続けてきた人は、「1つのことを一生懸命にやるのがいい」
いろいろやってた人は、「いろいろやると視野が広がる」
体育会系が幅を利かす日本なので、どちらかというと上の方が大勢なんでしょうかね。
1つのことをやり続けることは根気も、時間もいるからこそ価値がある。
でも、それをただやってることに満足してる人、
もしくは、やり終えた満足感や成功体験にいつまでも浸っている人は、
マジつまんない感じの空気が出るし、ダサい。
イチローは野球しかしてなさそうで、それのために自分の人生をまわしているけど
(常に過去を捨て続けるというところがたぶんすごい)迫力はすごいし、
長谷川滋利は、野球選手なのに投資やら不動産も詳しく英語もぺらぺらだけどまた違った魅力があるし、
「1つを一生懸命」「いろいろいっぱい手を出す」
どっちもやってみた感じ、
どっちでも価値があるという感じでしょうか。
むしろ、
キーポイントなのが好奇心とか向上心と目的意識なんだろうかなーとも思うし、
惰性でやってるとか、文句ばっか言ってるとか、ダラダラ義務感でやってるとか、そういう瞬間がムダ。
とはいえ、なかなかその惰性を脱するのもムズいし、
そんな毎日が絶好調なわけもないし、
たまにゃー惰性にもなり、文句を垂れたくもなり、やりたくないことも多々あるわけです。
議論が拡散してきました。
大学1年だった僕が旅をしていても、特に今ほどのinspirationを得られたとは思えないし、
これしゅーかつとか一通り終えたあと、半年後にやったらまた違うのだろうし。
今があるのも、
高校3年間いた場所にさらに4年間も居続けて、
という原点があって、(そこにドタバタしながらも経済学をかじってみて)
そういうベースになる時間があったからかな、と、
夜中1時に自転車をこいで藤沢から帰ってきながら思ったわけでした。
往復50キロこいだらさすがに疲れましたが、
こうやってぼーっとしながらこぐだけとかそういう時間もinsperationを得るには価値があるし、
友達とガンガンしゃべっていてもそれはガチであればガチであるほど貴重な時間だし、
(ただ、意味もなく酒飲ませあうとかは世界で最も時間とお金の浪費行為)
きっと達人は自分で自分の時間の多くをコントロールするのだろうなーと思います。
と、いうことで、題名の結論はなんだったのかと我に帰りましたが、
結局わかりませんでした。
のプロフェッショナルを録画しといてあったので、さっき観た。
昨日は若干見たけど酔っぱらっていたので記憶が。。
やっぱりこの人はすごいな、と思った。
地味の積み重ねと、信念の強さが、僕みたいな凡人とは大きく違うところだ。
あっと思わせられるような
独自の世界観や人生観、哲学、見識を語ることのできる人と接することが、
日々の生活の中で最も楽しいことだということに最近やっと気がついた。
まだ見ぬ風景や、建築物や絵画、文章など、
あっと言わせる未知の世界を見ることの楽しさがやっとはっきりした。
10人の知り合いより1人の親友。
なれ合いの飲み会で顔見知りを増やすくらいなら、
1人の人と目を見て話をするほうが遥かにエキサイティングである。
本の受け売りはつまらないし、
誰もがわかる流行の話をしても仕方がない。
理論とか知識とかそういうものをやりとりしていても面白くない。
そこにその人本人の色がどう入ってくるか。
それが言葉に迫力を与え、説得力を持たせるのだと思う。
今年一年は好奇心の塊でありたいと思います。
さーて。飲むか。
帰国しました。
今回の旅が証明してくれたこと
・旅を自分への投資とチャレンジと捉えるなら、旅は1人でするに限る。2人では逃げ道ができる。
思い出作りなら2人以上。
・自分の興味に即して行動すれば、「学習」という点において、生産性が高い。吸収が違う。
・百聞は一見にしかず。
・日本はいい国。すばらしい国。ある出会った日本人の旅人曰く、「日本のパスポートは最強」
・だが日本はこのままいくとダメになる、もしくは既に腐り出しているという容易な想像。
・世界はシビアで、人類はシビアである。資本主義がどうこうの遥か昔から要するに人は富の争奪戦をしている。
文明には盛衰があり、どこの土地にも盛衰がある。栄えれば廃れるからそこら中に遺跡ができる。
・価値観の転換。ハト派なのもつまらんし、日本人はハトだが、タカ派すぎるのもよくない。凝り固まるのがまずい。全てはバランス。
今後
・とりあえず今後10年は鍛える。というか一生だけど。あらゆる意味で力がない。
①世界のどこいっても生きていけるようになる
②自分の力をつければ、最終的に世界のどこかに還元できる。
・語学修得。マスト。もう2、3しゃべれたら確実に人生が楽しい。(が、大変だろうなぁ)
・金稼ぐ。金はあるに越したことはないし、ないということは大惨事でしかない。
・年取って考えが凝り固まる前に、20代はなるべく外に出る。
日本は好きだが、日本人同士としかいられない、日本人の常識でのみ考えてしまうという価値観の狭さが、今後世界で日本という国家の致命的な弱点になる気がする。
・生産生の高い時間を送る。その瞬間に考えた末、後悔しない選択をし続ける。意外とコロッと明日死ぬかもしれない。中国の山奥じゃ3日に1回バスががけ下に落ちてる。
旅行中に読んだRespectすべき著者やその他人間
・ジムロジャース(人生における旅の位置付けと活かし方)
・エルネストチェゲバラ(旅と行動力、勤勉な姿勢、人への愛情・接し方)
・岩瀬大輔(単純に本読んでてこの方、えらーく優秀なのだろうなという感じがする)
興味ある人
・アニリール・セルカン
・パブロ・ピカソ
⇒アクの強い人、いろんなこと考えてる革新的な人、行動する人。
今後いきたいとこ
①中南米(完全な異文化)
②チベットネパールインド(アジアの頂点。カオス。)
③中国全土(世界で最も勢いある国であり問題児をみる)
・・・全部まともにまわったら軽く1年は必要ですな。笑。
カンボジアは暑くて昼間は話にならないのですが、
これでも比較的涼しいほうで、ベストシーズンなわけで、
暑期とか雨季になるとどうなってしまうんかと。
日差しの強さがけた違いで、プノンペンからシェムリアプまでのスピードボートで
屋根の上に上ってみましたが、焼けるというか、焦げる、がふさわしく、死ぬかと思いました。
シェムリアップという町は都会(カンボジア基準)で、観光地開発が進んでいます。
カンボジアが唯一外貨を大量に獲得できるエリアで、主要産業でしょう。
旅人(長期の人たち)と一口に言っても、まーいろんなのがいるなと。
ざっと分けると、旅をしている人と、旅をしなくなる人がいるわけです。
要するにヘタレであって、
別に日本人に限った話でもなく、万国共通で、
旅先だからってわけでもなく、日本にいても腐ってんのはいくらでもいるのとニュアンスは同じです。
いわゆる日本人宿というのは避けているのですが、
プノンペンで滞在したところはそれに近いものがありまして。
なんつーか日本人って英語がしゃべれなくてとりあえず浮くから、
固まってるやつはホントにうじゃうじゃしてる感じなわけですが。
まーこうなんていうか、大学のダメサークルやら、ダメ団体やらとにおいは一緒で、
目的意識が希薄なまま人が集まってるところってのは、ホントにカスみたいな集団にしかなりません。
まあ、わかりやすく簡単に言うと、
旅人は半分はオリジナリティ溢れる価値観を持ち、個性溢れる色を放つ人がいる一方、
チンカス野郎もまた存在しているということですね。
物価の安い途上国で浮遊する、地球の廃棄物です。
ダークサイドの世界も広いですね。
旅に限ったことではなく、
旅という行為が特に、何かしら目的や芯を失うと露骨に行動にでてしまうのでしょう。
なぜなら何をしようと誰に何も言われないし、自由だからです。
どこで何をするにせよ、はっきりと目的意識を持つことの意義を痛感します。
まー世の中いろいろいておもしろいすね。
さて、明日からのアンコール遺跡が楽しみです。
日本を出て1ヶ月が過ぎ、
やっと旅らしくなってきたなぁと思いつつ、
あと2週間もないというのが非常に心惜しい限りですが、
帰国後は短期集中的に図書館にこもって学習したいということ、
また、来年はおそらく有り余るであろう時間を語学学習と旅に充てたいと考えているこのごろです。
旅の醍醐味は、
食を楽しむだ、遺跡やら史跡巡りだ、博物館や美術館だ、
そういうことも短期なら面白いのですが、
長く続けていると、そういうことにもだんだん飽きが来ると感じます。
何よりも楽しいのは新たな旅人との出会いであり、
まったりコーヒーやらビールでも飲んでしゃべっているその時間であり、
それを提供してくれるのがドミトリーという場だと感じています。
自分が想像していたより遥かに世界を1人で旅して回る人というのは男女ともに多く、
また彼らは豊かで多様、オリジナリティに溢れる経験を積んでいて、
かつどの情報メディアよりも真実味を帯びたディープな情報を持っていると思います。
で、このごろはテレビや政治家の類に、ますます興味がなくなってきています。
要するによくもわるくも政治家が国民やマスメディアをコントロールしているだけだからです。
政治家やマスコミを信じるか、
地を這いずり回るの旅人を信じるか、
という問題なのでしょうが、
仮に後者を信じるとすれば、
たとえば日韓や日中関係が悪いというのは政治家やマスコミの作り上げた虚構であって、
一般的な人たちは別にそれほどの嫌悪感情をもっているわけではないということが容易にわかります。
というのは複数人の人たちの見解です。
政治家は互いを嫌いあっていますが、
あれは国民の視線を外に仕向けるスケープゴートとして日本を使ってるだけで、
一般の庶民のおばさんやおじさんや若い人が大して日本が嫌いなわけではありません。
東南アジアは日本人の勝手なイメージで危ないといいますが、
貴重品の管理とか、夜やたら出歩かないとか、変なとこ入らないとか、
基本的なことを守れば安全とおもいます。
日本の安全水準が、少々世界レベルで見れば突出しすぎているだけとかんじます。
イランって危なそうですが、めちゃめちゃ親日で、親切だそうです。
出会ったスイス人が言ってましたが、
一番旅人が危険なのは誰もが銃を持っているアメリカだと言ってましたが、
僕もそのとおりなのではないかとさえ思います。
知識は諸刃の剣で、
ヘタに他人の仕入れた知識を持ちすぎると、
身動きがとれなくなってしまい、
本質を見誤るのではないかとさえ感じています。
限界があるとは思いますが、自分の目や、なるべく鮮度の高い情報に接するのが一番と思います。
韓国人と二日一緒に行動して、
そいつの方が英語が堪能だったのが非常に悔しかったです。
韓国人も英語ができないのが問題だと言ってましたが、
そいつは勉強していたのと、
兵役で米軍と一緒になるからそこでいくらか上達するのだそうです。
日本人の華奢な女性が、仕事をやめて中国チベットネパールインドラオスを訪れたと聞いてびびりましたし、
チャリでポルトガルからシルクロードを通って中国沿岸まで言った後、
南下してシンガポールに向かっているというキチガイなスイス人もいたりとか、
隣のベッドのインド人は朝6時から線香たいて太陽拝んでて迷惑だったし、
いろんなやつがいて地球はおもしろいんだなと思います。
日常的な会話だけでなく、ディープなことまでコミュニケートできるようになりたいなーと思います。
もっと英語勉強せねばと思います。
英語だけでなく、他言語も使えたらどんだけ楽しいだろうかと。
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