文法書とTOEICテスト基本ボキャブラリーとICレコーダーです。
中でも親友のICレコーダー君には、夜寝るときに、
「ICちゃん、今日もよく献身的に働いてくれたね。ごほうびに充電してあげよう。」
といって寝ることにしています。
嘘です。
さて。
自宅は好きで、寝るのは家じゃないと落ち着かない!のだが、
1日中家にいるのは好きではない。
そのため、今みたく無理やりでないと家に居続けることがなかった。
普段からせわしなくあっちこっち動いてるほうが落ち着いたからだろう。
こうして世捨て人的な暮らしを長らくしていなかったので、過去が何となく振り返られる。
過去4年間、何かに追い立てられるようにすっとばして来た。
目標とする姿があるから、というより、
何かやってないと自分がダメになる、みたいな謎の危機感が強かった気がする。
マイペースでナマケ者の自分に直感的に気付いていて、それが嫌だったのかもしれない。
違うスポーツで1人でコーチをしていた友達がいる。
根はマジメでアツい気持ちがあり、責任感と正義感に溢れる、一対一で話ができるいいやつだと思う。
今僕と同じようにバイト⇒英語、と生活を刻み、
かつ僕よりもさらに仕事量の多い友人を見ていて初めて気付いたが、
おまえエグすぎだろ、それ処理しきれなくない?という状況にいる。
が、そいつからすると僕の言動や行動を察するに同じような指摘がなされたので、
お互い、「必要以上に仕事に手を出しすぎ、抱え込みすぎる」
という点で一致した。
正直言って、コーチを1人でやろうと決めた理由のひとつもそこにあったと思う。
大変だろうけど、キャパ越えなほうがいろいろ吸収できるだろう、みたいな直感的な予想があった。
退路を断つことで経験値は非常に積めたと思うが、
結局1人でできることには限界があると気付いたところもある。
自分は100ないし120出さざるを得ないから自己満足にはなるし、成長にもつながると思うが、
時にエネルギー切れになっているときもあるし、
周囲への価値提供という点でみると、いかがなものかと振り返る。
立場によりけりなのだろうが、
自分のことに精一杯で、余裕がない人間は、同情を集めるだけで、ただのお荷物かも知れない。
さらに頼まれると断れないし、やるなら中途半端は嫌だからわりとマメに一生懸命やってしまうし、
という自分もいるので、勝手に自分の仕事を増やしていき、抱え込み、
気付いたときには窒息寸前、みたいな感じになっていた。
昨年はまさに典型的である。
不器用なクセに少々欲張りだったと思う。
欲張り×責任感=パンク。との公式が導き出された!
腹八分くらいの方がいいかもしれない。
アジアは、ぐるっと1周しながらいろいろ行きたいとこありまくるし、
効用最大化する日程を、とか思ってたけど
それだとこれまでと変わらないし、
台風のような旅程を組んでしまいそうなので、
逆にラオスの山奥ルアンバパーンやバンビエンでメコン川に流されながら、
限界までそこに留まってみる、みたいなのをテーマにしようかなぁという所存です。
多分、履き方を誤った。
少なくとも二束目をはいていない自分も今考えると愚の骨頂みたいな人間になってただろうし、
結果的に得たものは多々あったのだが。。。。
また一方で、ああいう状況に置かれて初めて気付いたことが多々あった。
どっちかに専念したらどれだけ楽ですっきりするかと1万回くらい考えたが、
自分の選択だったし、
誰にも話す気もならず、話してもグチにしかならないと思い、できる限り控えてきたつもりだった。
話しても、それほどの共感を得られたこともなかった。
そりゃそうだ、
自分と立場が違うのだし。
が、昨日の後輩の話を聞いていて、ふとそういう時間が甦ってきて、いろいろと思うことを話し合った。
結局、同じような立場を共にしないと共感し得ないのだろうと思う。
何とかして自分で肯定的に消化するしかないのだと思う。
にしても去年はほんとに、実際痩せたし、すり減ってたなーと。
忙しすぎてオーバーワークで死にかけていました。
んで、あのまま就活とかいって、せわしなさすぎました。
やっぱり今年留年してよかたです。神様のごほうびですね。
うちのせんせの記事が朝日新聞に出とった。
プラスチックゴミについて。
やっぱりすごいのですねぇ。
TOEIC試験を受けてきた。
750なんてとんでもねぇぞ、まずい、と思いました。
なかなか簡単に点数は上がらないようです。。
試験会場が、僕が幼少期を過ごした敷地だった。
もう何年も足を踏み入れていなかったので、感傷的な気分になり、学園内を散歩してしまった。
うーんじじくさい。
変わらぬ風景が残る一方で、小学部の横の山が削られて幼稚部が移転していたりと、
時の流れを感じた。
恐らく日本一牧歌的な環境と雰囲気を持った学校であるが、
今いる学校以上に、僕の土台をつくった学校だったと感じる。
授業を急につぶして、隣のクラスとピクニックめいたことをして山の中で缶ケリをした。
その横で草花の名前を教える先生がいた。
みんな思い思いに遊んでいた気がする。
日記100枚書いたら製本してくれる先生のときは競って日記を書いたり、
休み時間に柔軟体操をする先生がいたり(のお陰か、体はめちゃくちゃ柔軟である。)
大縄跳びや縄跳びなど各種大会には先生はみんな異常にアツかったし、
歌に異常な熱心だったから、6年生の時は1日の半分くらいハレルヤの練習をしてた気がする。
小3のとき、ドッジボール大会で味方のふがいなさにふて腐れていたら、
試合後に物陰に連れて行かれて、胸倉をつかまれて引っぱたかれて、
おまえがそんなんでどうする!と泣かされたのは今でも強烈に覚えている。
どこか自由でのどかな一方で、何でも全力でやるべきだし、その方が面白い。
そんなことを教えてくれた学校だったと思う。
・・・まあ、過去の思い出の羅列だが、
大1のときに小学校時代の思い出のまま同窓会をしたら、
当時とのあまりのギャップに凹んだのも覚えている。
ドロップアウトしている人数の多さに驚いたし、
時間が、人を変えてしまうと感じた。
何より、2年半前、人生追い込まれて麻薬に手を出して自殺した友達がいた。
5年間同じクラスでよくケンカしたことがあったので、あれはショックだった。
先日友人と話して共通見解を得たことの1つに、
新しい人との出会いは楽しいが、
昔から変わらないスタンスを維持した友人もまた減っていく一方だ、
という点一致した。
自分たちが変わったのか、向こうが変わったかは定かでない。
1ヶ月間、毎日じっと椅子に座り、もんもんと英語をやろうとする時間の中で、
副次的に次から次へといろいろなことが浮かび上がってくる。
考えることが山積みだ。
英語はスポーツだ!
まあ、極論するとそういうことを唱える、私が世話になっているプレゼン○ですが、
そうかもしれない。
例えばスポーツ界では、
根性根性!のダラダラ長時間練習から
意識高い練習を短時間で、
というような風潮に変わりつつある。
だが、彼らはそんなこといわない。
「素振り2000本、1本1本全力で!」
意識の高さと根性の両立だ。
えっ。。。。というくらい逝っちゃってる感じの精神主義を平気で言うし、
え、1日は24時間しかないんですけど。。。。
と言いたくなる素振りの本数を平気で課してくるわけだが、
まあ、それも捉えようである。
尻に火をつけるというよりは、
尻にダイナマイト、いや尻に原子爆弾だ。
原子爆弾に音をあげて、もうクラスの半分くらいの人がいなくなってしまった。
練習模試を解いてみて、
まあ、点数は一応上昇カーブを描いてはいるにせよ、まだまだ改善点があるのが事実だ。
750はなんとか視野に入るにせよ、800はこれでは到達しない。
試合をやることで、練習の課題が見えてくる。
少し、今まで違うフォームで素振りをしていたことも、試合を通して把握した。
おーこれは、まさに野球じゃないか!
がんばろう!
にしてもすっかり肌寒いくらい涼しくなったな・・・・。
午前中働いているので、生活のリズムが変わり、朝から目が覚める。
朝は生産性が高いという話をたびたび聞くが、それは事実かもしれない。
頭が、軽い。
昨日は実に涼しかった。
そんな秋の到来をよそに、
ほとんど日光を浴びない暮らしをしているため、最近色白になったと感じていた。
のだが、
①土曜に久々に試合を観に行って3時間足らずで焼けたのか、
②はたまたとんでもない、どう考えても僕は黒いのか、
③チャリ旅行から帰ってきた頃が異人種レベルに黒かったのか、
それとも①~③全部なのか、先ほど鏡で自分をみたが、あまり白くないと思った。
そんなことはどうでもいい。
反省と学びの日々だ。
何よりも大事なことは、現状に甘んじてしまうのではなく、
常に自分の弱点に目を向け、改善しようとする姿勢なのだろう。
1から出直しだ。
過去の記事を見返してみると、(やっぱり日記ってこういうときに価値ある)
当時と、ここ最近までと、何が違ったのか、その差は一目瞭然だ。
過去の自分の方がよほど大事なことを認識している。
そして、最近の自分に著しく欠けていたものがわかる。
3年前に自分がコーチになって半年ほどした頃、
(あれは合宿中。真夜中に先輩と話していて、悔しくて自然と涙が出た。)
自分が辿り着いた結論は、
何とか形だけを取り繕う自分に限界を感じ、クソみたいに力のない自分をみつめ、立て直すことだった。
同期が1人しかいない、自分が何人分もやるしかない、
自らに何かしらの存在価値を見いださないとここにいる意味がない、
そうやって腹をくくったテーマが、
とにかく愚直にやる、ということだった。
よくよく考えれば、それぐらいしか自分の取り柄はないはずなのに、
いつから自分のわがままを是認するようになっていたのだろうか。
弱さから目を背けるようになったのか。
情けない。
いいものが何もなくなってしまったではないか!
同じ過ちを繰り返していた自分が、実に、ダサい。
人に言われて気付いているあたりのがズボラさがイタい。
裸の王様だ。
「いやぁおれたちの頃は~」「あの頃は~」と過去の栄光、自慢話を延々とする人がいる。
僕はあの手のタイプの人間がきらいだ。
いつまで過去にしがみついてるんだ、今はどうなのだ。今後は。話に夢がないだろ!と言いたくなる。
コーチの1つの仕事もそんなことだったと思う。
だが、ミイラ取りがいつの間にかミイラになっていた。
そんな体たらくが何よりも1番ショックだ。
聖域なき構造改革だ!自民党をぶっ壊す!
・・・という類の格好いいキャッチフレーズは思い浮かばないし、必要もないだろうが、
さながらバブル経済で調子に乗った日本のように、あやうく沈没するところだった。
大量の不良債権を抱えて、倒産するところだった。
もう今後はこれを見返して、あ”~っ↓、なんて思うことのないようにしたいものだ。
これは将来の自分へメッセージだ。
人間にムラがありすぎる。
もっと安定感出してかんとなぁ。
腐ったりんごみたいになっていた僕の頭をぶん殴ってくれた人には、感謝してもしきれません。
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